業績向上の仕組みづくりシリーズ② 企業理念の共有とビジョン(あるべき姿)の明確化
企業が大切にしている価値観を示したものが経営理念です。これは会社の基本思想であり、不変なものとなります。この経営理念に基づいて実現すべき具体的な姿(あるべき姿)がビジョンになります。ビジョンは社会の流れや会社の持つ問題・課題に応じて変化していくものでもあるので、組織は中期的・長期的にビジョンを策定する必要があります。
そして、ビジョンという具現化された価値観を組織内で共有させていくことが、リーダーのもっとも重要な役割となります。経営陣が明確なビジョンを打ち出し、それを社員が日常の行動に落とし込んでいくことが、業績拡大のためには欠かせません。
前回の「業績向上の仕組みづくりシリーズ① リーダーの育成」では、営業力強化の四大要素についてご説明しました。今回はその中の土台である「ビジョン共有」の前半として、企業理念の共有とビジョンの明確化について、お話しをしたいと思います。
何のために仕事をするのか?
経営層向けの企業研修の世界で、昔から語り継がれてきた逸話に「椅子職人の話」(注1)というものがあります。
とても腕の良い椅子職人がいて、いつもお客様の要望に応えた丁寧な仕事をしていました。彼の椅子はとても座りやすいと、街中で評判になりました。やがて注文が殺到するようになると、一人では作るのが追いつかなくなります。そこで、職人は何人もの弟子を雇います。ある者は椅子の脚を作り、ある者は肘掛けを作り、ある者は背もたれを作る。それぞれの弟子は脚作りのプロであり、肘掛け作りのプロであり、背もたれ作りのプロであり、丁寧な仕事を一生懸命にしているのですが、誰も他の弟子の仕事のことは知らないし、完成した椅子も見たことがありません。なぜなら、それは自分の仕事ではないからです。もちろん、それぞれは真面目に自分の役割を全うしています。しかし、いつの間にかその職人の椅子は売れなくなってしまいました。
なぜだと思いますか?
弟子たちに与えられた役割は、脚づくりであり、肘掛けづくりであり、背もたれづくりであって、椅子を作ることでありません。本来のビジョン(あるべき姿)であった街の人々(顧客)から愛される座りやすい椅子を作るということを、弟子たちは本当の意味で理解できていなかったからではないでしょうか。
ビジョンを示すということとは?
ビジョンを示すために、経営者や組織管理職(リーダー)に求められるゴールとはどのようなものでしょうか。
ビジョンは組織のあるべき姿ですから、将来の目指す姿と言えます。ですから、会社のウェブサイト(ホームページ)や方針書に書かれているだけでは、まったく意味がありません。経営理念やビジョンをポスターにして会社の壁に張り出したり、会議の冒頭でみんなで復唱したりすることに意味がないわけではありませんが、社員一人ひとりが深く理解した上で、自ら意識して日常行動に落とし込んでこそ、共有されていると言えるのではないでしょうか。
富士山に登るという方針を打ち出していても、登山経路の指定や登山道具の準備だけでは、全員が頂上まで行き着くことは難しいです。それぞれ能力も経験も違います。むしろ必要なのは、「なぜこの山に登るのか」という理由なのです。明確な理由は人の意志を強く支えてくれます。そして意志こそが、行動を変えます。
行動変容の決め手は「ビジョンの言語化」
私がコンサルタントとして経営改革や営業革新を支援している企業では、抜本的な構造改革に取り組む初期の段階で、経営幹部や組織管理職(リーダー)を対象としたプロジェクトを発足させます。時には合宿までして、まさに寝食を共にしながら、徹底した議論を行います。市場(顧客)、組織(社員)、提供価値(商品・サービス)など様々な視点で、起きている課題・問題を可視化して対策を検討していくのですが、そういったプログラムの中でもっとも重要なものが、理念やビジョンの言語化になります。
ウェブサイト(ホームページ)や方針書に書かれている経営理念やビジョンを、自分自身のわかりやすい言葉に翻訳してもらうのです。会社がもっとも大切にしている思い(経営理念)や目指している将来の姿(ビジョン)を、リーダーが自分の言葉で部下に説明することができなければ、経営戦略や重点施策など実現できるわけがありません。また、リーダーたちが目を輝かせながら自社の経営理念やビジョンをお客様に伝えることができれば、提案する提供価値(商品・サービス)についても顧客評価が高まるはずです。少なくとも商談とはそういうものだと、ずっと私は信じて営業という仕事をしてきました。
ここでの言語化は、「いつ」「何を」「どれくらい」といった細かいレベルまで、日常行動に即したものであることが大切です。
例えば、経営理念が、「常にお客様の視点で物事を考え行動し、顧客満足と従業員満足を両立させることと同時に社会貢献いたします。」(注2)だとしたら、言語化は、「どんな時でも必ず迅速にお客様のもとへ足を運ぶ」とか「毎朝誰よりも大きく明るい声で同僚や部下に『おはよう』の挨拶をする」など、自分自身が実際に日々実践できる具体的な行動を、仲間の前で声に出して宣言してもらいます。
ここで重要なのが、声に出して広く仲間に自分の思いを伝えるということです。小学生の学級会みたいで少し恥ずかしいと思う人もいるかもしれませんが、その先にある「行動変容」を成し遂げるためには、とても重要で効果的なプロセスとなります。
経営理念やビジョンが、経営戦略⇒事業戦略⇒部門施策⇒日常行動へ、一貫して流れていてこそ、組織は高い成果を上げ続けることができます。「なぜ山に登るか」を社員みんなが理解しているのみならず、日々において各自の役割を強く意識して行動できるような仕組みや文化を作っていくことが、業績拡大の大前提となるのです。
▼従来の企業理念浸透のイメージ図
▼中小企業に求められる企業理念共有のイメージ図
【事例】九州教具株式会社の管理職登用の仕組み
面白い事例をご紹介します。長崎県大村市に九州教具株式会社という会社があります。複写機やパソコンなどのIT機器の販売(ソリューション事業部)と四つのビジネスホテル(ホテル事業部)の経営を手掛けている1946年(昭和21年)創業の老舗企業です。
この会社では、組織管理職の登用を立候補制にしていました。評価の高い人材(業績優秀者)を登用しようとしても、対象者が組織管理職への昇進を望んでいないケースが多かったことが理由でした。年度ごとに組織管理職の全員が白紙(リセット)となり、希望者に立候補してもらうのです。業績も経験も問いません。飛び級もありです。役員による選考面談の際に必要とされるのは、A4用紙一枚に書かれた自薦書のみです。そこに書かれているリーダーとしての「自分の思い」や「実現したい組織の姿」が、選考基準となるそうです。
九州教具では、失敗は仕事上の損失ではなく、新たな価値を生み出すための経験であって、むしろ貴重なステップだと考えていました。若い人たちに逃げることなく、どんどん新しい仕事にチャレンジしてほしい。自分の思いを組織の仲間に訴えてほしい。信用は過去の実績のみから生まれますが、信頼は未来への思いも含めて醸成されるのです。今では多くの社員が組織管理職に強い意志を持って挑戦する文化が出来たため、発展的に立候補制をやめることができたとのことです。社員に経営理念やビジョンを浸透させるために、とてもおもしろいことに取り組んだ企業の事例だと思います。
さて、次回は業績向上の仕組みづくりである営業力強化の四大要素の中で、ひとつ目の「ビジョンの共有」の後半、「理念共有型の人材採用」について、詳しくお話をさせていただきたいと思います。
注1 出典:『「鈍」な会社を「俊敏」企業に蘇らせる!』(日本経済新聞出版)モシェ・F・ルビンシュタイン (著)、イーリス・R・ファーステンバーグ (著)、三枝匡 (訳)
注2 参考:株式会社共立アイコム(静岡県藤枝市)の企業理念より。
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