ロカベン活用の現場 筑穂牛の料理店が、畜産・食品加工・小売に挑戦
ローカルベンチマーク(ロカベン)は、「企業の健康診断ツール」です。「財務(財務情報)」「非財務情報」の両面から、経営の健康状態を分析・診断します。
現在、事業者と支援者の「対話ツール」として、ロカベンの活用が進んでいます。商工会議所や商工会議所、金融機関、税理士・中小企業診断士などの「支援者」が、企業経営者・個人事業主などの「事業者」と対話しながら、ロカベンを作成することで、経営課題の整理や強みの発見につなげ、さまざまな形で経営支援に活かしています。
このロカベンを活用して、飲食店から畜産業、食品加工業、小売業へと事業拡大する事業者の支援に活用している事例について、ご紹介します。
支援者 |
篠原啓祐 |
---|---|
支援企業 |
株式会社ヒイズル(あかね荘) |
企業概要 | 筑穂牛の肥育、食品加工、小売、飲食業 |
所在地 | 福岡県飯塚市山口607-1 |
URL | https://akanesou-hiizuru.jp/ |
筑穂牛を後世に伝えるために、料理店が事業拡大を決意
あかね荘(株式会社ヒイズル)は、1964年に創業した筑穂牛(ちくほぎゅう)の専門店である。筑穂牛は、全国的な知名度は低いが、福岡県最古ともいわれるブランド牛だ。
筑穂牛は、仔牛のうちは、地元の稲わらを主な飼料に育てる。ある程度成長したら、穀物をブレンドした独自飼料で少しずつ大きくしていく。このような飼育方法により、舌のうえでとろけるような食感、コクのある赤身の旨み、きめ細やかであっさりした味わいの肉質になるのだと、井上直樹社長は言う。
「ご高齢のお客様からも『筑穂牛は美味しくて胃もたれしない』と喜ばれています。無理に肉質に脂をのせようとせずに、健康的に育てていくことで、上品であっさりとした味わいが生まれます(井上社長)」
この筑穂牛を強みに、同店は全国から、食通の高い評価を受けてきた。過去にはミシュラン1つ星を獲得したこともあり、名店として知られる。
しかし近年、筑穂牛の肥育農家の廃業が増え、供給量が減っているのが課題だった。「このままでは伝統ある筑穂牛がなくなってしまう」と考えた井上社長は、一大決心をする。
「筑穂牛を後世に伝えていくためには、肥育からウチでやるしかない。次第にそう考えるようになりました(井上社長)」
廃業した肥育農家もスタッフに加えて、同社は筑穂牛の肥育、精肉、食品加工、販売まで事業分野を拡大することとした。
▲あかね荘
▲あかね荘直売所
▲筑穂牛
ロカベンで、畜産から小売まで事業全体を把握し、課題を抽出
令和4年9月、同社は補助金を活用し、食肉加工場を建設した。自社の牛舎で肥育した筑穂牛を自社の工場で加工し、あかね荘のしゃぶしゃぶ、すき焼き、ステーキなどのコース料理の食材として提供できるようになった。だが、自社消費分だけでは、畜産・食品加工分野の売上目標には到底およばない。
「地元の飲食店、焼肉店などへの卸、ウインナー、コロッケ、ハンバーグに加工して小売販売に力を入れ、売上拡大を図りました(井上社長)」
しかし、事業計画の通りに収益は伸びていかない。既存事業である飲食業と、畜産業、食品加工・小売業は、勝手が違った。飯塚信用金庫に相談すると、九州経済産業局の「官民合同チームによる伴走型支援事業」を紹介され同事業に携わる中小企業診断士の篠原啓祐氏が、事業戦略の見直しを支援することとなった。
同社を訪問した篠原氏は、「ローカルベンチマーク(ロカベン)」の作成を提案した。
「事業の全体像を把握するために、まず社長自身でロカベンを作ってもらい、対話しながら一緒にブラッシュアップしていくことにしました(篠原氏)」
ロカベンは、「財務情報」と「非財務情報」の両面から経営を分析する「企業の健康診断ツール」だ。ロカベンの非財務では、「業務フロー」「商流」「4つの視点」という3つの切口で、事業の状況を整理していく。
「篠原さんからアドバイスに従いながら、ロカベンを作っていきました。業務フローでは、仔牛の仕入から、肥育、食品加工、販売までをプロセスに分け、それぞれのプロセスで差別化ポイント(他社との違い)を書いていきました。業務内容がすっきり整理されました(井上社長)」
「業務フロー」と「商流(ビジネスの流れ)」はスムースに記載できた一方、「4つの視点」のところが、なかなか埋まらなかった。
4つの視点は、①経営者、②事業、③企業を取り巻く環境・関係者、④内部管理体制の面から、企業の現状を整理していく。頭の中にはイメージはあるのだか、文章にするのが難しかったと、井上社長は振り返る。
「社長が作成したロカベンを見ながら、いろいろな質問をしました。そして二人で確認しながら、ロカベンに追記し、ブラッシュアップしていきました(篠原氏)」
ロカベンを媒体にすることで、限られた時間のなかで対話を深めることができた。課題を見つける対話ツールとして非常に優れていると、篠原氏は言う。
この対話を通じて、事業の強みとして「経営者のチャレンジ精神・接客力」、弱み、課題として「販売力・マーケティング力」を抽出。
「商品開発や販売方法について、手探り状態でした。まずは顧客アンケートを実施し、ニーズにあった商品開発を進めていくところから始めることにしました(井上社長)」
現場で忙しく仕事をしていると、経営についてじっくり考える時間はなかなか取れない。ロカベン作成を通じて、事業全体を客観的にみることができたと井上社長は言う。
▲食肉加工場
筑穂牛の「持続可能なビジネスモデル」を創りたい
井上社長が、飲食業から畜産業・食品加工販売業への事業拡大した最大の理由、それは「筑穂牛を後世に伝えること」である。今後の事業計画に、社長の思いを反映させるために、篠原氏は経営デザインシートの作成をアドバイスした。
「ロカベンで、現在のビジネスモデル、経営の状況、強み・弱みなどを言語化することができました。次は、これからのビジネスモデルについて、経営デザインシートで明確にしていきたいと考えました(篠原氏)」
経営デザインシートは、内閣府が提供している、これからのビジネスをデザインするためのツール(フレームワーク)だ。経営デザインシートでは、「提供したい価値」を設定し、その価値を生み出すための「ビジネスモデル」を構想し、そのために必要な「経営資源」を検討していく。「価値→ビジネスモデル→資源」の順番で考えるのである。
篠原氏は、これから提供したい『価値』は何なのか。そのために、何をすれば良いのかについて、社長で徹底的に対話していった。
「提供したい価値として、筑穂牛料理はもちろん、地域文化、循環型農業(SDGs)等を挙げていきました。経営デザインシートを作成するなかで、当社の使命は、筑穂牛産業の持続可能なビジネスモデルを創ること、それが筑穂牛を後世に伝えることだと気づきました(井上社長)」
ロカベンと経営デザインシートを作成するなかで、いままで頭のなかでもやもやしていたことが言語化されて、非常にすっきりしたと井上社長。二つのシートを社員と共有しながら、今後の事業戦略を進めていきたいと言う。
「あかね荘には飲食店としてのブランド力もあり、発信力もあります。これを活かしながら、筑穂牛自体のブランドを高めていけば、地域経済の成長にもつながると思います(篠原氏)」
その同社にも、筑穂牛にも、その潜在的な可能性は十分にあると篠原氏は言う。
2024年2月1日
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