ロカベン活用の現場 わさび店の知的資産経営に、ロカベンを活用
ローカルベンチマーク(ロカベン)は、「企業の健康診断ツール」です。「財務(財務情報)」「非財務情報」の両面から、経営の健康状態を分析・診断します。
現在、事業者と支援者の「対話ツール」として、ロカベンの活用が進んでいます。商工会議所や商工会、金融機関、税理士、中小企業診断士などの「支援者」が、企業経営者・個人事業主などの「事業者」と対話しながら、ロカベンを作成することで、経営課題の整理や強みの発見につなげ、さまざまな形で経営支援に活かしています。
今回は、信用保証協会が、知的資産経営報告書の策定にロカベンを活用し、知的資産(強み)を活かした経営改善を進めている事例をご紹介します。
▲わさび屋外観
支援者 |
岐阜県信用保証協会 |
---|---|
支援企業 |
わさび屋株式会社 |
企業概要 | わさびの栽培、わさび加工食品等の製造・販売 |
所在地 | 岐阜県郡上市八幡町五町1丁目8-1 |
URL | https://wasabi-ya.jp/ |
鍾乳洞の湧水で、農薬や化学肥料を使わずに、わさびを栽培。
わさび屋株式会社は、わさびの栽培から、わさび塩・わさびのり等のわさび加工食品の製造、販売を行う企業である。わさび産地と言えば静岡県・長野県・岩手県が知られているが、同社は岐阜県郡上市の「蛇穴(じゃあな)」という鍾乳洞の湧水で、わさびを育ててきた。
「岐阜県の名水50選にも選ばれているミネラルたっぷりの湧水です。農薬や化学肥料を一切使わずに、栽培しています。(森社長)」
同社の森紀子社長は、もともと夫の経営する建設会社で事務・経理を担当していたが、2010年に異業種参入を目的にわさび田を購入したことで、同社の経営を任されることになった。
「建設事業との両立が難しかったことから、別会社でわさび事業に取り組むことになりました。農業も経営も経験がありませんから、栽培方法や加工方法を学ぶところからスタートしました。(森社長)」
わさび生産者の協力もあり、わさびの栽培・加工は円滑に受け継ぐことができたが、問題は販売先である。知名度が低い「郡上産わさび」では、思うように販路開拓が進まず、最初の4~5年は赤字続き。悪戦苦闘しながら、道の駅、ホテル・旅館の土産品等を中心に販路を広げ、売上を伸ばしていった。ようやく経営が軌道に乗ったと一息ついた時、新型コロナウイルスの感染が拡大。観光業は大きな打撃を受け、販売先のホテル・旅館の売上が激減してしまった。
経営環境が厳しさを増すなかで、森社長は岐阜県信用保証協会にコロナ融資について相談した。信用保証協会は、大企業と比べて経営リスクが高い中小企業・小規模事業者の資金調達を支援する公的機関で、コロナ融資の窓口にもなっていた。企業支援部の小倉竹徳氏は、当時を振り返る。
「コロナ禍で、多くの企業が経営に苦しんでいました。このようななかで、当協会は支援企業に対して、自社の強み、収益の源泉を見える化するために『知的資産経営報告書』の策定を提案してきました(小倉氏)」
知的資産とは、人材、技術、組織力、顧客とのネットワーク、ブランド等の目に見えない資産のことで、企業の競争力・キャッシュフローの源泉である。「知的資産経営報告書」は、自社の強みである知的資産をどのように経営に活かし、価値創造につなげていくかを示すものだ。
岐阜県信用保証協会では、この知的資産経営報告書を策定するため、「ローカルベンチマーク(ロカベン)」を対話ツールとして活用しているのである。
▲わさび田
▲わさび加工
ロカベンを全従業員で作成することで、一体感が高まる。
ロカベンは、「財務情報分析」と「非財務情報」の両面から経営を分析する「企業の健康診断ツール」である。非財務パートでは、「業務フロー」「商流」「4つの視点」という3つの切口で、事業の状況を整理するが、このフレームワークが「自社の知的資産(強み)の把握に役立つのだ」と小倉氏は言う。
業務フローでは、業務全体をいくつかのステップごとに分けていく。同社は、①わさび栽培、②加工、③営業、④販売、⑤アフターフォローの5つの業務ごとに、担当の従業員とともに業務内容と差別化ポイント(強み)をまとめていった。
「みんな日々の作業に追われていて、余裕もなく働いていました。ロカベンづくりを通じて、お互いがそれぞれの業務について思うことをぶつけあい、全従業員が業務全体を把握し、情報を共有することができました。いままで、もやもやしていたものがクリアになった感じがします(森社長)」
同社の従業員は5名で全員が女性である。お互いに子育てや介護などをフォローしあう風通しが良い社風だったが、ロカベンを作成するなかで、組織としての一体感がさらに高まったと話す。
業務フローでは、他社との差別化ポイントとして、鍾乳洞の湧水、無農薬・無肥料栽培、風味を損なわない手作業の加工、無添加・安全へのこだわりなどが挙げられた。また、後継者の育成、在庫管理・取引先管理のデジタル化などの課題も明確になった。
「ロカベンでは、業務の流れ、強み・弱み、外部環境等の会社の現在地を把握することができます。この現状分析を踏まえて、今後のビジョンや価値創造のストーリーを構想し、『知的資産経営報告書』としてまとめていきました(小倉氏)」
将来のビジネスモデルの構想については、内閣府が提供している「経営デザインシート」を活用。対話ツールとしてロカベンと経営デザインシートを活用しながら、知的資産経営報告書の策定をすすめていったと語る。
▲知的資産経営報告書
自社の強みを活かした、ユニークな商品開発に取り組む。
同社は、女性の視点から、わさびのり、わさびみそ、わさび岩塩等のユニークな商品を開発してきた。
「鶏ちゃん」もその一つである。鶏ちゃんは、しょうゆ・みそをベースにしたタレに漬けこんだ鶏肉をキャベツ等と一緒に焼いて食べる郡上地域の伝統料理で、同社のECサイトの人気商品だ。令和5年4月には、わさび葉入りの鶏ちゃん「塩麹鶏ちゃん」が登場したが、実はこれは、地元大学である岐阜聖徳学園大学とのコラボ商品でもある。
きっかけは、岐阜県信用保証協会から紹介されて、地元企業が抱えている課題解決のアイデアを学生が考える講義(グループワーク)に、森社長が講師として参加したことから始まる。
講義のなかで「わさびを若者に好きになってもらい、販売していく方法は?」というミッションに対して、学生から「本わさびの風味を活かしたわさび屋独自の鶏ちゃんを開発することで、未開拓市場を展開できる」という提案があり、商品の開発につながった。新商品のキャラクター「わさばーどちゃん」も、学生のアイデアである。
「その他にも、わさびゼリーなど学生からいろいろなアイデアをいただきました。ロカベンの総括では、課題への対応策として『新規取引先開拓および新商品の開発』を挙げています。自社の強み、知的資産を活かした新商品のアイデアは、参考になりました(森社長)」
「同社は、ユニークな商品が多く、新聞・テレビ番組で度々取り上げられています。その強みを売上に結び付けていくのが、これからの課題です。信用保証協会として、伴走型の経営支援を続けていきたいと思います。(小倉氏)」
発信力・話題性のある同社が成長していけば、郡上地域全体の活性化にも貢献できるのではないかと小倉氏は語る。
▲鶏ちゃん
▲わさび加工製品
▲打ち合わせ風景
2024年2月19日
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