ロカベン活用の現場 「大事なものを丁寧に運ぶ」を強みに、楽器輸送に挑戦
ローカルベンチマーク(ロカベン)は、「財務(財務情報)」「非財務情報」の両面から、経営の状態を分析・診断する「企業の健康診断ツール」です。
事業者と支援者の「対話ツール」としてロカベンを活用することで、経営課題の整理や強みの発見、経営改善につなげることができます。
今回は、売上の減少に悩んでいた運送会社が、ロカベンを通じた対話のなかから、「大事なものを丁寧に運ぶ」という自社の「強み」を発見。その強みを磨き上げるとともに、強みを発揮できるマーケットとして、「楽器輸送」を開拓した事例についてご紹介します。
支援者 |
埼玉縣信用金庫 |
---|---|
支援企業 |
川合運輸株式会社 |
企業概要 | 運輸業 |
所在地 | 埼玉県さいたま市浦和区仲町4-1-12 |
URL | https://www.kawaiunyu.co.jp/ |
ロカベンの対話を通じて、「丁寧に運ぶ」強みに気づいた
川合運輸株式会社は、埼玉県さいたま市の中小運送会社。現社長の川合修氏は、3代目にあたる。昭和のはじめ、祖父が農機具の運送を創業。戦後、父である先代社長が、電機メーカー等の運送を請け負い、高度成長の波に乗りながら、事業を発展させてきた。
川合修社長は、1993年先代社長の急逝により事業を継承した。バブル崩壊による景気の低迷が続くなかで業績の立て直しを進めてきたが、2008年のリーマンショックを機に主要取引先の電機メーカー・精密機器メーカーの受注が激減し、経営環境は年々悪化していった。当時のことを、社長とともに経営に関わってきた川合惠子専務はこう振り返る。
「全国的にも県内でも、中小運送会社の倒産廃業が相次いでいました。当社もどこかで事業整理を考えなくてならないと、社長と話していたのを憶えています。苦境を乗り越えるために、経営についてしっかり学ぼうと決意したのもこの頃です。(川合専務)」
事業の先行きが不透明で悩んでいた川合専務が、女性経営者向けセミナーに出席した時のこと、専門家の講師から「ローカルベンチマーク(ロカベン)」の作成をすすめられた。「ロカベンって何だろう、本当に経営に役立つのだろうか」と思いつつ、経営課題の解決につながるのならと、専門家と取引先金融機関である埼玉縣信用金庫とともに、ロカベンづくりに取り組んだ。
「社長、専務、専門家、当金庫の担当者で対話しながら、川合運輸さんのいままでの歩みや、業務の流れ、強みについて整理していきました(宮﨑支店長代理)」
ロカベンでは、自社の商品やサービスが、どのようなプロセスで顧客に提供されているかという業務の流れ「業務フロー」を整理していく。運輸業であれば、受注→車→集荷→運送→配達など、それぞれのプロセスで、どのような工夫やこだわり(差別化ポイント)があるかを考えていくのである。
同社の場合、長年にわたり精密機器の輸送に携わってきた。精密機器は衝撃等による破損を避けるために、受注の段階から製品特性や輸送方法についてヒアリングし、細心の注意を払って運ばなければならない。このため、「丁寧に運ぶ」という企業文化として定着していた。
ロカベンでは、「商流」、取引関係についても整理していく。同社の取引先の一つに、数件の学校があった。高校の吹奏楽部から演奏会会場に楽器の輸送を頼まれたのである。社長も吹奏楽の音楽経験者であり、楽器の扱いについては一定の知識があり、それが受注につながっていた。ロカベンを通じて「丁寧に運ぶ」という差別化ポイントが見つかり、その強みを発揮できるマーケットとして「楽器輸送」が浮かび上がった。
▲音楽ホールや美術館への運送
セールスポイントを明確にして、楽器輸送の販路を開拓
楽器輸送といっても、プロのオーケストラやアーティスト等は専門の楽器運送業者が存在する。同社は、中学・高校・大学の吹奏楽部、アマチュアの管弦楽団・マーチングバンド等をターゲットに、演奏会やコンクールのための楽器輸送の販路開拓を進めることとした。
しかし、もともと既定の取引先からの請負仕事が中心だったこともあり、営業力不足が課題だった。営業力を補うために、同社は小規模事業者持続化補助金を活用し、販路開拓のためのホームページを制作した。
「補助金の申請には事業計画書が必要になりますが、ロカベンで会社の課題・強み・方向性がクリアになっていたので、短期間で納得できる事業計画を策定することができました。またセールスポイントが明確になっていたので、自分たちの思いが伝わるホームページを作成することができました。これもロカベンのおかげです(川合専務)」
ホームページでは、楽器輸送と精密機器輸送にフォーカスし、「大事なものを丁寧に運ぶ運輸会社」というメッセージを発信した。ホームページ開設とあわせて、県内の中学・高校・大学の吹奏楽部等にダイレクトメールを送付すると予想以上の反響があった。ホームページと利用者の口コミにより評判が広がり、現在では売上の約4分の1を楽器輸送が占めるまでに成長している。また、「丁寧に運ぶ」ことをセールスポイントとしたことで、ホームページをきっかけに医療機器や美術品等の輸送案件の新規受注にもつながった。
ロカベンを通じて、金融機関との関係も緊密になった。「トラック導入の資金調達の相談にも応じてもらいやすくなった」と言う。そんなロカベンの効果について、埼玉縣信用金庫の藤田稔副支店長はこう語る。
「売上高等の数字だけでなく、経営者の課題、理念、将来の方向性などの情報を共有することで、融資も含めて様々な支援がしやすくなります。対話ツールの一つとして、ロカベンは有益です(藤田副支店長)」
会社の方向性に迷いがなくなり、社員の意識が変わった
同社は、ロカベンとあわせて「経営デザインシート」も作成した。ロカベンが企業の「現在」の状態を把握するためのツールであるのに対して、経営デザインシートは企業の「未来」を描くためのツールである。
ロカベンで把握した「現在」の経営資源・知的資産・事業環境・理念・コンセプト等を踏まえて、経営デザインシートでは、「未来」のありたい姿・これからのビジネスモデルを描き、そのギャップを埋めるために何をすべきかを考えていく。
「ロカベンと同じように、専門家、金融機関の担当者と対話しながら、経営デザインシートに取り組みました。当社のありたい姿について、頭が空っぽになるまで考え抜きました(川合専務)」
ロカベンと経営デザインシートを通じた対話により、会社の方向性について迷いがなくなった。その結果、ドライバーの意識も変わったと言う。
「ドライバーにとっては、丁寧に運ぶことは負担です。楽器の置き方一つについても、お客様の要望をうかがわなくてはなりません。しかし丁寧に運ぶことでしか、当社が生き残る道はないと確信したことで、社員の意識も変わりました(川合専務)」
その結果、会社の方針と合わずに辞めてしまったドライバーもいる。ただ、丁寧に運ぶことで感謝の言葉がもらうことができたり、演奏会の成功を一緒に祝うことができたりすることがモチベーションとなり、定着しているドライバーも多い。
もちろん、まだまだ課題は山積している。一つは人材不足。これは、中小運送事業者に共通する課題だ。もう一つは仕事量の平準化。楽器輸送は、秋や年度末などの演奏会シーズンに集中するため、閑散期の需要創出が課題である。
「ロカベンや経営デザインシートをきっかけに、川合運輸さんの強みや人材観、課題について深く理解することができました。(藤田副支店長)」
金融機関として、また支援機関として、これから人材確保やビジネスマッチング等の幅広い支援を通じて、持続的な成長をサポートしていきたいと藤田稔副支店長は語る。
2024年10月24日
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